war

 よく、日本のロックをふくめたポップ・ミュージック全般に不足してるのは、メッセージ性だ、というような話を聞きます。

 じっさい、洋の向こうの音楽を見てみますと、メッセージ、わけても政治に関するそれはきわめてさかんなのです。
 さきの大統領選挙の際には、ブルース・スプリングスティーン、REM、パール・ジャムといった大物アーティストがアンチ・ブッシュのツアーをおこなって、民主党ケリー候補を大々的に持ち上げていましたし、現在は風前の灯火と成りはてているイギリスのブレア政権も、ポール・ウェラー、オアシス、ブラーといったミュージシャンの後押しを受けて成立した政権でした。

 その伝で考えると、日本にも「小泉万歳ロック」「ゆけゆけ小沢一郎」「憲法改正反対音頭」なんて曲がばんばん登場してもいいはずなんですが、そういうことはほとんどありませんし、あっても大きな支持を得ることはできていないようです。

 だから日本の音楽は駄目なんだ――と言うのは簡単ですが、私はそうは思いません。日本は所詮、平和な国なんだと思います。戦争を仕掛けることも仕掛けられることもなく、銃後でぬくぬくしてるからこそ、政治にたいするシビアなメッセージが生まれにくいのでしょう。やはり、同胞がひとりも死んでない、というのは大きいんですよね。イラクで死んだのって、外務官僚と旅行者だけだし。

 ただ、自殺者が毎年3万人いることとか、徐々に老人ばっかりの社会になりつつあることとか、日本固有の問題はたくさんあると思うんですけど、どうなのかな、そういうことを歌っている人はいるんでしょうか。


 さてさて、こんな話をしましたのも、ニール・ヤングの新作について語りたかったからです。
 60年代から活動を続けているミュージシャンで、今もっともアルバムを売っているアーティストは誰か、といったら、たぶんロッド・スチュアートだと思いますけれども、今もっともアルバム・リリースが頻繁なのは誰か、といったら文句なくニール・ヤングです。つまり、老いてますますさかんなのであります。

 新作のタイトルは「Living With War」。「戦争と生きる」です。ヤング先生はどうしても今、このタイミングでブッシュ政権の罪と戦争そのものについて、発言したかったのでしょう。

 下記のリンクで聴いていただくとわかりますが、相当な短時間で仕上げられたことがわかる、きわめて粗雑なサウンド・プロダクションです。ついでに言えば、曲もヤング先生の手癖みたいなもので仕上げられており、「いい曲をつくろう」というような意識はほとんどなかったことをうかがわせます。
 でもね、作品がつまんなくてもいいんです。だってさ、ヤング先生の名曲・名演を聴きたければ、過去にいいのがたくさんあるわけじゃん。ヤング先生は、過去の自分と戦うつもりなんか毛頭ないのでしょう。戦うべき相手は、ほかにいるのです。その「戦い」にたいする熱意が、曲に緊張感を持ち込んでいます。

 言いたいことがあるから歌う。きわめてナチュラルで、もっともプリミティヴなロック衝動を、ヤング先生は今だに持ち続けています。凄いですよね。


 アルバム「Living With War」は、ここで全曲聴くことができます。
http://livingwithwar.blogspot.com/
 たしか前作もネットで全曲試聴できたはずで、おかげで私は前作も買わなかったし、たぶん今作も買わないのですけど……。
 でも、この手の音楽は、まず聴いてもらわなきゃはじまらないからね。伝えることが大切なんだから。

 さらに、ここに全曲の訳詞が。
http://home.earthlink.net/~saori/11.html
 訳を読みながら聴くと、ヤング先生の言いたいことがきわめてリアルに伝わってきます。訳詞を手がけたsaoriさんの、アーティストの意図を汲み取った行動は、どんなに賞賛しても賞賛しつくせない、立派な行動だと思います。ヤング本人と同じぐらい偉いよ。

 なお、拙文の情報は、信頼する音楽ライターHidemuzic氏のブログ(質、高いです)から得たものです。
http://hidemuzic.typepad.com/hidemuzicblog/2006/05/living_with_war.html
 ヤングの作品にたいする日本の音楽業界の対応の遅さに関する論説も、きわめて示唆に富んでいると思います。

neil